重症仮死で生まれ、てんかん、脳性麻痺と重いハンデを負った娘の日常の記録と日々のあれこれ☆
【回想】誕生〜生後1ヶ月 NICU後半の記録。
2010年09月10日 (金) | 編集 |
「NICU前半の記録」のつづき・・・


4/23  ミルク10ml 8回
MRIの予定だったけど、トリクロ飲んでも眠りが浅くNICUを出た「ガタ」となっただけで起きて泣く。→延期
夕方、黄疸がでて「光線治療」スタート。血液検査も。今頃?黄疸って生まれてすぐじゃないの?とまた不安になる。


4/24  ミルク15ml 8回
鼻チュの入替えですっきり顔のももたん。目も開いてる


でも、黄疸治療のせいかぐずぐずが多い。また寝れなくて手足をバタバタ動かす。
最初、よく今日は動くなぁ・・と思ってたけど、動きがなんだかおかしいような。看護師さんに言う。
すると、ドクターもきて・・・あれよあれよと脳波の機械がきた。

「けいれんの可能性があるので脳波をとります」って。また、涙が止まらない。なんで!!なんで!!

結果・・・大きな異常波はないけど、けいれんの波がでてる。状況をみて薬の調整しますとのこと。


4/25 光線治療中止。
夜も寝れなくて、何時間も泣いてることが多い。また、少し嘔吐もしたようだ。


4/26 ミルク 20ml 8回 
ドクターから「今はけいれんが出てない。今後でるようなら、退院に向け薬を内服(この時は点滴から)に替えていきます」とのこと。けいれんのことを聞くと「微細けいれん」というものだった。


4/28 ミルク 30ml 8回
夜中に発作がきて、坐薬を使ったとのこと。薬・・・・効いてないのかな(泣)
夜もかわらず、あんまり寝れてないようだし・・・。


4/29 初抱っこ&初授乳に挑戦!
許可がでて、やっと抱っこができた。生後2週間にしてやっと。その時の日記より↓

「すごく緊張した。ももは温かくて、抱きしめるとこわれてしまいそうなぐらい小さくて、やわらかくて・・・。たくさんしんどいおもいをさせてしまってごめんね。何があろうとママが守るからね。一緒にがんばろうね。」

初めての授乳、看護師さんが指導してついてくれたけどうまく吸えないももたんでした。
でもこの日のことは、本当に忘れられない日になりました。

 シュワッチ!!


5/1 ミルク40ml 8回 点滴完全終了♪



口のところがテープにまけてすごいことに リンデロンVGできれいになって本当によかった
肌の弱い子で、合うテープはその後、看護師さんが教えてくれた「優肌絆(ゆうきばん)」だけと判明

その後、授乳の練習するけどうまく吸えず。吸いたくない!って感じでした(T▽T)
指はチュパチュパとうまく吸うのに・・・。
母のおっぱいがイヤ?あんまりでないから?と抱き方が悪い?


5/3 ミルク45ml 8回 抗てんかん薬追加(デパケンに加えフェノバール)
夜、またけいれんが長くおこってたようで、追加になった。血中濃度が安定しないといけないみたい。
この頃は、てんかん薬がどんなもので、どういう作用があるのなんて知らなかったから、家に帰るとそればかり調べるようになった。



5/5 ミルク50ml 8回 祝生後1ヶ月(*゚▽゚)ノ★+☆【祝】☆

身長 48.5cm→50cm
体重 2740g→2746g

生まれてしばらくは、ミルクもなく体重がかなり減ってたけど、やっと生まれた時に戻った!!
身長も伸びて・・・この頃から「足が長く、背が高いね」と言われたけど、みんなに言ってるのかと耳半分で聞いてた。でも思えば、本当に身長だけは人並みに伸びていったももたんでした(^^ゞ


5/6 コットに移動!!RSウィルス陰性☆

やっと、クベースを出る事ができた。ももにはもう小さかったからね。抱っこやお世話がしやすくなった。


その次の日にGCUへ移動となりました。その事はまたいつか書きたいと思います。




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【回想】誕生〜生後1ヶ月 NICU前半の記録。
2010年09月09日 (木) | 編集 |
『ももが生まれた日』のつづき・・・ 当時の日記をもとに。



次の日、先生にももに会いに行きたいと申し出たけど、ダメだと言われる。
帝王切開(緊急だったので縦切り)の傷がものすごく痛く、電動ベッドを使っても起き上がる度、激痛が走る。
でもそんなことよりも、たとえ傷口が開いてでも、這ってでも行きたかった。
頑張っている、娘のもとへ・・・。

代わりにパパが休みをとってくれて、ももに会いに行ってくれました。
会えないももママの為に、ももの写真をたくさんとってきてくれた。



ももは生まれたとき、胎便をしてしまい、それを飲んでしまって呼吸ができなくなって(仮死)しまいました(胎便吸引症候群)
そして、肺からも出血。

パパからの写真をみて、この心拍などを計るライン(赤)が出血だと思ってたももママ。
次の日も、次の日も変わらないの、このまま出血が止まらないとどうなるの!!って一人思ってました。

生まれた翌々日、搬送先のドクターから「出血は止まったと」と連絡がきたと産婦人科の先生が言いにきました。
「あれ??じゃあ赤いのは?」とやっとここで、線の色が赤いだけと分かったのでした。


4/8   肺の機能が10%から50%に回復

4/10  仕事の帰りにももに会いに行ったパパから・・「RSウィルスが流行ってしまい、ママしか入れなくなった」と聞く。写真だけ、看護師さんがとってくれたようで・・ももはしかも1番奥。動かすこともできずガラス越しでもももに会えなかったパパ。

4/12  ももママ、やっと退院。その足でももに会いにいく。
主治医のドクターもきて、今までの状況を聞く。
涙が溢れ、止まらない。ただ立ちすくんでいた。先生の話もあんまり覚えていない。
看護師さんが「触っていいよ」と、手を入れるところを開けてくれた。

肺の機能も日に日によくなってきてるし、眠る薬も少し減らしているとのこと。
そのせいか、時々目や口元をピクピク動かしていた。

こんなに小さな体で、一生懸命頑張ってくれてる。

ただ「ごめんね・・・ごめんね・・・がんばれ」と手を握り、なでることしかできなかった。


4/13  呼吸器 抜管



4/14  ミルク開始。1回5ml 4回。口からのチューブにて。
眠る薬も減らしているので、覚醒度もあがり目を開けることも増える。
お気に入りの1枚の1つ。舌をペロっとだしてかわいい


産院で母乳指導やマッサージをしてもらったけど、精神的なものや吸ってもらってないこと、体質とかもあるのかな?あまり出ない。それでも、初乳は栄養があるとの聞いてひらすら搾乳してた。
冷凍して、保冷バックにいれて・・・ももが生まれてから2日後から開始して、入院中はパパに持って行ってもらっていた。
みんな経験された方多いと思うけど、本当に搾乳機を買おうかと思った。手も痛いし。


4/16  ぴくぴくしているのを不審に思い看護師さんに伝える。退院した日、朝までネットにかじりついてたももママ。今後、起こりうること(痙攣・後遺症など)調べまくってた。そして落ち込む。
見なきゃよかった・・・知らなきゃよかった・・って思うこともあったけど、それはそれで役にもたったけど。
この頃、ももの看護記録や点滴の名称とかチェックして、家に帰ってからそれが何かネットで調べるのが習慣になってた。何かしていないと不安で・・・・元々、探究心や好奇心が強い傾向だからもあるけど


4/17  やはり、昨日のは痙攣らしく抗てんかん薬がはじまる。
眠くなるお薬だからと・・・その日からまた眠ることが増えた。でも、超過敏とピクピクとですぐに起きてしまう。
ただ脳波には、大きな異常は見当たらなかったと聞いて、このときは少しほっとした。


4/20  酸素中止。眠くなる薬の点滴も中止。少し身軽に。ミルク1回5ml 8回
これまでクベース内に流してた酸素も終了。でも、RSに感染してしまってるので外に出せない(何でクベースに入ってるのにうつるの?って思ったけど、あえて言ってない)

少し前、ドクターに「吸啜反射(きゅうてつはんしゃ)」が見られない。口から飲むのは難しいかもしれないと聞かされる。
ものすごくショックだった。ドクターがくると、いつまた悪いことを言われるかドキドキしてた。



4/21 初つめきり。パパにと、看護師さんが包んでくれました。みんな優しいし気遣ってくれました。
そして、担当の看護師さんがもものお口の練習をしてくれてた。
チュパチュパと、まだ弱いけど看護師さんの指を吸ってるのをみて涙があふれた。



顔は嫌がってる。でも、日に日に吸う力が強くなってきてると言われすごくうれしかった。


今も過敏なももだけど、生まれた当初は今と比べ物にならないぐらい超過敏でした。
手や顔や体を触るのにも「そーっ」としないと、「びく」っとする。音にも過敏。呼吸も肺にダメージがあった分、呼吸も浅く泣き声もかぼそい。
ある日、看護師さんに「頭を包むように触ってあげると落ち着くよ」と教えてもらう。

「この手はあなたのママだよ!!だから大丈夫、泣かないで!」と、しょっちゅう触ってた。
でも、私がいると起きて泣くことが多い気がして・・・安心できないのかなと悲しくなったり

そのせいもあったのか、退院してからのリハビリの先生に「お母さん、いっぱい触ってあげてたんだね」と言われたことが、すごくうれしかったのを覚えています。


NICU編 後半へつづく・・・



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今日も最後まで読んでくれてありがとうございます


ももが生まれた日のこと
2010年09月01日 (水) | 編集 |
このブログは、ももが1歳3ヶ月の2007年7月から始めたんですが、記録として残しておきたいので(日々の記録はPCでつけてるけど)まとめていきたいと思いますφ(・ω・。)かきかき

*今回のは出産時のことなので、特にブルーな感じなので興味ない方はスルーしてください。



☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡



前日の健診ではNST(ノンストレステスト)も行い「まだ先かな?」と異常なし。お腹がよく張るので、前回の健診時からお腹、張り止めを処方してもらってた。張らない程度によく歩いてと言われた。

5日当日の午後から、陣痛??というような不規則な痛みがくる。
夕方になると、いわゆる「おしるし」あり。
産院に電話。まだ不規則だし、初産だし昨日の健診では子宮口もあまり開いてないので・・・5分おきにくるようならもう1度電話してとのこと。
またこの時「お母さんの声を聞く感じだと、痛みも強くなさそうだし」と言われた。
陣痛が初めてで、しかも痛みに強かったももママ(後でわかった)そういえば、注射も嫌いじゃない。
もっと、大げさだったらと・・・今さら思っても仕方がないけど。


19時頃になると、結構な強さで間隔も短くなってきて・・・・パパに早く帰ってきてもらい電話して産院へ。
助産師さんが、一応診ようか?ってことでベッドへ・・。
「まだ、開いてないしまだかかるみたいね・・・」と言って、心拍を確認しだした。

でも、なんだか慌ててる。。「あれ??あれ??」と、また違うモニターを持ってきて調べたり・・・
すると、大慌てでどっかに電話。

心拍が落ちていて拾えない。ももママは酸素マスクをあてられました。
「お母さん、赤ちゃん苦しいから酸素をいっぱい送ってあげて!」と言われ、頭の中が真っ白になる。
「なんで?なにが悪かったの?」って思ったけど、とにかく酸素をいっぱい吸ってた。

「心拍が戻り安定したけど、モニターを見る限り分からない。何か起こってるかもしれないし、また低下するといけないのでので帝王切開します」と言われ、署名をさせられた。
でも、手が震えて思うように書けなかった。

「T病院(今のかかりつけ)へ連絡はしているけど、母子で搬送するより早く出してあげた方がいいから・・・何かあったらすぐに赤ちゃんだけ搬送するから大丈夫」って言われた。

「何かって何??」

切る事にはまったく抵抗はなかった。
それ以上に「赤ちゃんは大丈夫?早く!早く出してあげて!!」とそればかり神さまに祈っていた。


「お願い!ももを助けて!!」 ただ、ただ祈っていた。


その間、産院ではバタバタ。大きな病院じゃなくて普通の個人病院。
心拍は戻ってたけど、執刀するドクターが揃わなくて・・オペするまでかなり時間がかかった。
帝王切開もできるってことだったけど、年にそんなに数はないだろうし・・・。まして緊急。

今さら言っても仕方がない。だけど、すごく今でも後悔しています。
なんで大きな病院にしなかったのかって・・・・・。今さらなんですよね。

大きな病院でも同じだったかもしれない。でもやっぱり後悔。


出てきたももは、仮死状態で酸素とか処置をしてなんとか少し弱く泣く程度。

遠くから聞こえる救急車のサイレン。止まった。

看護師さんが「お母さん、赤ちゃん搬送するからね。赤ちゃん、頑張っているから、お母さんも頑張って!」とももを顔のそばに連れてきてくれた。

感動の初対面なのに、想像してたものとはまったく異なる現実。
私はただ「もも、ごめんね・・・がんばれ・・・」と顔を、頭をなでることしか出来なかった。
やっと会えたのに、苦しい思いをさせてしまった・・・

涙ってこんなにでるんだ〜って、一生分の涙を流したのかもしれない。


その後、わたしは部屋に連れていかれました。
パパは、搬送先の病院の場所を聞いてもものところに行ってくれました。

私は、後陣痛の痛みと不安と心配な気持ちでいっぱいで・・ただ祈ることしか出来ずパパの帰りを待ちました。

その間、同じフロアにある分娩室から聞こえる元気な赤ちゃんの声と、嬉しそうな家族の声が何度も聞こえ、早くこの場所から立ち去って「もものそばに行きたい!!」とただただ・・そう思っていました。


パパが戻ってきたのは、朝の6時すぎでした。
NICUで処置をおえ、看護師さんが撮ってくれたももの写真とともに・・・


百花 平成19年4月5日 PM11:15誕生(40週1日)
     体重2740g 身長48.5cm 




脳に起こったダメージを抑えるため、肺からの出血で自発呼吸が出来ないため・・・ももはしばらくお薬で眠ることになりました。その眠りにつく前の1枚。しばらく会えない私にとっては本当に貴重な1枚になりました。
撮ってくださった看護師さんに感謝です。

続き(NICU編)はまた改めて・・・・


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ダークな重い話に最後までお付き合い下さり、ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ